• 2008.08.03 Sunday
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かつて親鸞会と本願寺は激しい教義論争を繰り広げました。


何度かの書簡のやり取りや書籍の発行、また本願寺への直接の抗議行動を経て、最終的には本願寺は親鸞会を事実上「無視」し、この教義論争は終焉を迎えました。


その後親鸞会は「本願寺を完膚無きまでに論破した」と主張。この教義論争の経緯は会員に広く伝えられ、親鸞会の教義的正統性を説明する根拠となっています。


私自身は、本願寺が途中で論争を放棄した以上、親鸞会がこのように主張するのは仕方がない思っています。


ただ、その論争の経緯を双方の資料を元に客観的に検証して見ると、「本当に親鸞会は本願寺に勝ったと言えるのだろうか?」という疑問が沸いて来ました。


何事もどちらか一方の情報や主張だけ聞いていると、公平な判断が出来なくなります。ぜひ私は親鸞会の方に虚心坦懐になってこのブログをごらん頂き、高森会長や親鸞会のあり方について再考して頂きたいし、本願寺派の関係者の方は「論議を放棄する」事の結果と影響について、考えて頂ければと思っています。



目次

1.宿善論争とは何か
2.歪曲された「本願寺の非難」
3.「善のすすめはない」の正体
4.反論できない真宗本尊論
5.論議する者の姿勢

参考リンク

なぜ私は親鸞会をやめたのか
続・なぜ私は親鸞会をやめたのか
なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集
親鸞会の本尊論に対する疑問
親鸞会の本尊論を再再考する


法論の発端は、本願寺の学者紅楳英顕氏が、『伝道院紀要』第24号(昭和54年12月20日)に、「現代における異義の研究――高森親鸞会の主張とその問題点」と題し、「親鸞聖人の教えに反する、全くの謬見であり異義である」と、親鸞会非難の論文を掲載したことに始まる。20周年大会からちょうど1年が過ぎたころだった。


本会は即座に質問状を送付。かくて親鸞会と本願寺との法戦の火蓋が切って落とされた。


その後の法論の経過は、後で詳述するが、これは「宿善論争」と呼ばれ、争点は、「親鸞聖人のみ教えに善のすすめは、あるか(親鸞会)ないか(本願寺)」にあった。


「善を勧める親鸞会は間違いだ」と主張する本願寺に、高森先生は、反論文を『顕正新聞』紙上に連載された。


25周年大会直前の本紙(昭和58年10月15日号)には、「修善をすすめた文証など、あろうはずがない」とタンカを切る本願寺に、高森先生は弥陀の十九願文や、釈尊の『観経』の教説を明示し、本願寺を完膚なきまで論破なされている。


【顕正新聞 平成16年1月15日号】



浄土真宗親鸞会の歴史を語る上で、本願寺との教義論争は避けて通れません。


「教義論争で本願寺を完膚無きまでに論破した」との記述は、親鸞会発行の書籍や機関誌『顕正新聞』の随所に見られ、親鸞会の栄光の歴史として語られ、親鸞会教義の正当性の根拠としても大きな意味を持っています。


しかし、本当に親鸞会は「本願寺を完膚無きまでに論破した」のでしょうか。


筆者はこの件について公正な判断を得るために、本願寺側が発行した『伝道院紀要』『現代の教学問題』『派外からの異説について』を入手して読んでみました。


親鸞会の主張では、争点は「親鸞聖人のみ教えに善のすすめはあるか、ないか」であり、本願寺は「親鸞聖人に善のすすめはない」「善を進める親鸞会は間違いだ」「修善をすすめた文証など、あろうはずがない」と非難したと言われています。


しかし、不思議なことにこれら「本願寺の非難」は、筆者が入手した「本願寺側の論文」のどこにも見つけることはできないのです。


では一体この「親鸞聖人に善のすすめはない」という「本願寺の非難」は、どこから来たものなのでしょうか。


この宿善論争の経緯を親鸞会側から著したのが、高森顕徹著『本願寺なぜ答えぬ』です。この中で高森会長は本願寺側の論文を「本願寺頭脳の浅知恵」「無責任本願寺」「批判のための批判、読むだけ時間のムダ」「手間のかかる、やんちゃぶり」と評しています。


なぜそこまでの非難を浴びせる必要があったのでしょうか。同書から引用します。



次に、本願寺が、親鸞会を非難する、第二条は、こうである。


「親鸞会は、宿善として自力諸善を積むように勧めているが、当流では他力の信心を獲るために、まず自力諸善を積まねばならないなどという説示はない」(回答書(A)P・142)


先述の、一条にも、

「高森親鸞会では、未信の者は、信心決定をめざして、今生において、善根を積み、宿善を厚くせよ、と勧める」

と、いやに、力説なさる。


【本願寺なぜ答えぬ p80】



『回答書(A)』とは、灘本愛慈氏『現代の教学問題・宿善について』のことです。これらの灘本氏の指摘は、高森会長がその著書で、



過去世に仏縁薄き者、宿善浅きものは、現世に於て宿善は求められねばならない。でなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない。


【高森顕徹著 白道燃ゆ】


宿善というものも待っていて来るものではなく、努力精進して求めてゆくものである。かかる人にこそ宿善到来ということがあるのである。


【高森顕徹著 会報3集】


布施は実に尊い宿善になることは判っていても欲深い我々には仲々出来難いことなのである。


【同書】


仏法を知らないものに対して当然法施は出来るし、またしなければならない。それは大きな宿善となるからである。


【同書】




と書いているように、極めて真っ当なものと言えるでしょう。(「宿善到来」「宿善開発」というのは、「他力の信心を獲る」「信心決定」と同じこと)


ところが高森会長は、この灘本氏の指摘を、



「諸善さえやれば、信心決定できる。まず、自力で善を励め」

爐海譴親鸞会の主張だ瓩函印象づけたい思惑が、みえみえである。

しかし、真実の歪曲は、許すわけにはゆかない。


【本願寺なぜ答えぬ p80】



ここで、いつの間にか本願寺側の主張がすり替わっているのに、読者は気づかれたでしょうか。


「他力の信心を獲るために、まず自力諸善を積まねばならない」という文章と、「諸善さえやれば、信心決定できる。まず、自力で善を励め」という文章は明らかに意味も主張も異なるものです。


ですから高森会長は「印象づけたい思惑が、みえみえである」とあえて曖昧な表現を用いています。さすがに灘本氏が「諸善さえやれば、信心決定できる。まず、自力で善を励め」と主張しているとは言えないことを、分かっているからでしょう。


しかし、この表現はこのあと徐々に変わって行きます。同書には、



これら善知識方の仰せを、そっくりそのまま、説き続けている親鸞会を、

「まず諸善をつめ、諸善さえつめば、信心獲得できるとすすめる」

と、非難なさる、のである。


親鸞会を少しでも、知っている者は驚き、かつは呆れるのも、無理はなかろう。

もっともらしく、書きつらねてある、回答書のすべてが、こんな調子で、事実を知るものからすれば、噴飯ものなのだ。


【本願寺なぜ答えぬ p103】


「親鸞会は、諸善さえつめば、信心獲得できるとすすめる」

という、本願寺の非難が、いかに、デタラメな中傷か、ということを。

あまりにもひどいウソを、とりあえず指摘し、本願寺の注意と責任を、喚起しておく。


【同書 p105】


「善さえ励めば獲信できる」爐海譴親鸞会の主張だ

こんな本願寺の中傷を縁として、親鸞会は、聞法に勝る、獲信の因縁(宿善)のないことを開顕し、猜法は聴聞に極まる瓩海箸髻⇔論發靴討た。


【同書 p105】


「親鸞会は、善さえつめば獲信できるとすすめる邪義」と非難なさる。

 保身の為とあらば、シロを、平気でクロと断言して、はばからない、したたかさに、溢れている。


【同書 p110】



いつの間にか「印象づけたい思惑が、みえみえである」という文章は消え。あくまで「親鸞会は、諸善さえつめば、信心獲得できるとすすめる」と本願寺が非難したと断言されています。


しかしいつそんな非難を本願寺がしたのでしょうか。灘本愛慈氏の『現代の教学問題』を熟読しても、その他の本願寺側の論文のどこをみても、「諸善さえつめば、信心獲得できるとすすめる」との指摘どころか、似た文章すら見つけることはできません。


しかしこれほど露骨な歪曲をしていても、何度も繰り返し「善さえ励めば獲信できる」と書かれては、読者は本願寺が本当にそうした非難をしていると、錯覚してしまうのも無理はありませんし、それが高森会長の意図したところだと言われても、仕方がないのではないでしょうか。


更に高森会長は、紅楳英顕氏の『派外からの異説について』にも、容赦ない非難を浴びせます。



「善さえ励めば獲信できる。これが親鸞会の主張だ」

は、本願寺の悪辣な、中傷であることを証明し、「仏法は聴聞に極まる」のに、爐覆次⊇善もすすめるか瓩砲癲答えてきた。


それでも、必死の本願寺サン、大胆にも、こう、強弁なさる。

「真宗には、諸善を積まねばならないという説示はない」

真宗には善のすすめはない。善をすすめる親鸞会は間違い、と言い張るのだ。


【本願寺なぜ答えぬ p134】



その後に、紅楳氏の論文が引用され、本願寺の主張の根拠とされています。



「私が再三、もとめたところの『破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよ』とある文証は、未だに何等示されていない。

私が問題にしたのは、このことなのであり、高森親鸞会が自説の根拠となる文証を明示されない限り、私への反論になっていると認めることはできないのである」(回答書(B) P・11)


また、こうも、毒づく。


「逆に私の方から『破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる』という文証があれば、示してもらいたいと求めたのが一昨年の六月二十一日であるから、もう八百日以上が経過していることになるが、これについては何の返答もないままである」(回答書(B) P・16)


破邪顕正も財施も、諸善だから、狒韻鬚垢垢瓩進絃擇鮗┐鮫というわけだ。最後には、爐修鵑癖絃擇覆匹△蹐Δ呂困ない瓩函断言までする始末。


【本願寺なぜ答えぬ p135】



回答書(B)とは、紅楳英顕著『派外からの異説について』のことです。


ここまで読まれた方なら、既におわかりでしょうが、紅楳氏の「『破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる』という文証があれば、示してもらいたい」が、高森会長によって、「破邪顕正も財施も、諸善だから、狒韻鬚垢垢瓩進絃擇鮗┐鮫瓩箸いΔ錣韻澄と、全く別の主張にすり替えられてしまっているのです。


たとえて言えば、「テニスや水泳をすることが大学合格のための勉強になる、という文証があれば、示してもらいたい」と言っているのを、「テニスも水泳もスポーツだから、スポーツをすすめた文証を示せ、というわけだ」と言っているようなものです。


紅楳氏はあくまでも、「獲信のための宿善」と再三明記しているのに、もっとも大事なその部分を完全に抜き取っているのです。高森会長ほどの人物が紅楳氏の意図するところを分からなかった筈はありません。紅楳氏の主張は高森会長にとって余程痛いところを突かれたのでしょう。


事実、高森会長は、



最後に、勧学寮頭監修による『現代の教学問題』の「宿善について」の、コピー全文を転載したのは、ほかでもない。

『回答書』に、こんなことを、いっているからだ。


「私が発表した論文も、全文のせてもらった方が、よく解って、よかったのではなかろうか。論文を部分的に引いて反論されたのでは、私の主張の内容が、読者に解りにくく、誤解を生ずる点もあろうと、思われるからである」


爐海鵑紛貍陲如△泙拭⊃深続顕に、背を向けられてはたまらない瓩函∋廚辰燭らである。


【本願寺なぜ答えぬ p6】



と書いています。「私の発表した論文も、全文のせてもらった方が…」と言っているのは紅楳英顕氏です。ならば当然引用する「コピー全文」というのは紅楳氏の論文ということになるのでしょうが、巻末に転載された論文はなぜか灘本氏のものなのです。紅楳氏の論文をのせられない事情でもあったのでしょうか。


そのあせりは、このあとの高森会長の文章をみても明かです。



文証に、いかにご執心か、よく分かる。文証で、なんとか防ぎとめねば……の危機感も、ヒシヒシ感じとれる。


か くて、大上段に狃ち韻鬚垢垢瓩進絃擇覆鼻△△蹐Δ呂困ないと、アッと驚く、タメゴローならぬ、外道よりも、あさましい放言をなさるのである。


しかも、ここだけは、爐匹Δ性瓩噺世錣鵑个りに、自信に漲っている、かに見える。 どんなに、強そうにみえても、自力の自信は、所詮はもろいもの、証拠の一端を示しておこう。


もし仮りに、イジワルがいて、狃ち韻鯒喟佑気譴進絃擇鬚△欧茘とでも、反問したら、本願寺サン、どんな、文証をあげられる、とでもいうのだろうか。


またしても、一撃でダウン。みっともないことに、なりはしないか。そんな文証こそ、絶対、ありっこないのだから。


【本願寺なぜ答えぬ p137】



自分の主張に自信があるのなら、どうして紅楳氏の主張をわざわざ歪曲した上で、まるで読者に刷り込むように幾度も繰り返さなければならなかったのでしょうか。またなぜ、「アッと驚くタメゴロー」「外道よりもあさましい放言」と、常識ある人ならまず使わないような非礼な言葉を浴びせる必要があったのでしょうか。


さらに「修繕を排斥された文証をあげよ」に至っては、論点のすり替えも良いところで、もはや言葉も出ません。私はこうした主張や論点のすり替え、非礼な言葉を見る度に、「強い危機感」を抱いているのは本願寺ではなく、かえって高森会長ではないかと感じるのです。


その後も高森会長は、



「獲信の因縁に、善をすすめる親鸞会は、間違いだ。

修善のいらぬ真宗に、善をすすめる文証など、あろうはずがない


【本願寺なぜ答えぬ p149】


「真宗に善をすすめる文証などあろうはずがない」と、本願寺は胸張らるるけれども、


【同書 p158】


「善をすすめた文証などあろうはずがない」と、仏意をじゅうりんして、はばからないから、おそろしい。


【同書 p159】



と、徹底的に紅楳氏が、「善をすすめた文証などあろうはずがない」と主張したように繰り返しています。


ここまで巧妙に主張が歪曲され、繰り返されると、本当に紅楳氏がそのように言ったかのように思ってしまう人も少なくないでしょう。しかし何度も申し上げますが、紅楳氏は「善をすすめた文証などあろうはずがない」などと一言も主張してはいないのです。


そして「『破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる』という文証があれば、示してもらいたい」に高森会長は以下の根拠を持って回答としています。



仏教で『七仏通戒偈』は、有名である。

すべての、仏教に共通した教えを、一言で喝破しているからだ。


「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」


爐發蹐發蹐痢悪をなすことなかれ、もろもろの、善をなして、心を浄くせよ、これが、諸仏の教えだ

というのである。


本願寺サン、『七仏通戒偈』も、お忘れになったのか、と驚かされる。


【本願寺なぜこたえぬ p138】



これが紅楳氏の質問の答えになっているのかいないのか。ここまで読まれた読者なら説明の必要はないでしょう。しかし『本願寺なぜ答えぬ』だけを読んでいると、本当にこれが答えになっているかのように錯覚してしまうのですから、恐ろしいものです。


筆者は親鸞会とも本願寺とも関係のないある識者に、『本願寺なぜ答えぬ』を見せたことがあります。その感想は一言、「恥ずかしい本ですね」というものでした。私はそこまで言う事はないだろう、と思ったものです。


今こうして読み直してみると、ここまで露骨に相手の主張を歪曲し、終始本願寺への悪口を書き連ねていれば、「恥ずかしい本」と言われても仕方がないのではないでしょうか。



その後、昨年、高森親鸞会は『本願寺の体質を問う』という本を出版し、大々的に宣伝し、また地方にも持ち歩いて頒布した。その書は、私も一読したが、失礼ながら、的確な文証を示しての反論ではなく、私の主張を歪曲したり、悪口雑言を並べたりしているものである。


【紅楳英顕著 派外からの異説について p3】


聞法を勧めることが間違いである等とは、私はどこにもいっていない。私の述べているところを故意にネジ曲げて非難していることは明かである。


【同書 p18】


「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えておればよい」とか「念仏はみな同じものだ」などと、本願寺の誰が説き、どこに書いているのだろうか。書物や話の一部分だけとらえて、悪意に解釈するのならば、あるいはそのようにとれるところがあるかも知れないが、それは、あまりに片寄った見方であって、故意に曲解して本願寺を非難しているとしかいいようがない。


【同書 p21】



高森会長が『本願寺なぜ答えぬ』の前に出した本が、『本願寺の体質を問う』です。ここでは取り上げませんでしたが、虚心坦懐になって熟読すれば、高森会長の論議の仕方が一貫して変わらないことに読者は気づかれることでしょう。もし本当に自説に自信があるのなら、高森会長ほどの人物なら、こんな浅ましい事をしなくても十二分に反論はできるはずです。


現在紅楳氏をはじめとする本願寺派の僧侶は、「親鸞会は教義解釈の異なる別団体」として、『本願寺なぜ答えぬ』以降の反論はしていません。これを親鸞会は「これで本願寺を完膚無きまでに論破した」としていますが、これだけ相手の主張を曲解して「論破」したつもりになっていれば、「呆れて見放されただけ」と言われても、仕方がないのではないでしょうか。


そして、いくらうまく言葉を置き換えて「善のすすめ」と言ったところで、会内ではひたすら破邪顕正と財施ばかりが推進され、いま思うと親鸞会の「善のすすめ」とは、人集めと金集めにすぎなかったのではないかと思う人すら、少なくはないのです。



親鸞聖人も蓮如上人も名号しか御本尊として礼拝しておられず、私たちにも名号を御本尊とせよと教え勧められました。


【高森顕徹著 親鸞会と本願寺の主張どちらがウソか p5】



宿善論争とは全く異なる展開を見せたのが、真宗本尊論です。


高森会長は「親鸞聖人も蓮如上人も名号のみを本尊とされた」とし、本願寺が木像を本尊としているのは誤りだと指摘したのですが、それに対して山田行雄氏が「現代の教学問題・真宗の本尊について」で高森会長の主張に反論しています。


その反論内容は多岐にわたっており、全てをここで取り上げることは出来ませんが、親鸞会にとってもっとも驚くべき内容は、蓮如上人が山科本願寺の阿弥陀堂にご安置した御本尊は、木像本尊であったという事実でしょう。



蓮如上人の本尊は、具体的には、蓮如上人が発願建立された山科本願寺の阿弥陀堂の本尊であろう。


文明十五年八月二十八日のご文に、


阿弥陀堂の仏壇(中略)いくほどなくして出来せり。則まづ本尊を六月十五日にすえ奉りけり。


と述べられ、山科本願寺の阿弥陀堂の本尊は文明十四年六月十五日に「すえ奉」られたとある。平尾興栄氏も注意されたごとく、このすえ奉られた本尊が、形像本尊であったか名号本尊であったかは、「据える」とある表現からも推察されるが、実悟師の『山科御坊之事並其時代事』に阿弥陀堂の荘厳を記するに、


木像本尊 安阿作 如今。左方北太子絵像 讃如常蓮如御筆・六高僧御影。右南法然聖人一尊御影 讃如常蓮如御筆 両方共に三具足、燈台あり。


とあり、ここに木像本尊(安阿作)とある。明らかに蓮如聖人は形像本尊を礼拝の対象として安置されていたことは歴史的事実である。


【山田行雄著 現代の教学問題・真宗の本尊について p100】



その他にも蓮如上人が形像本尊を下付されていた等の歴史的事実が述べられていますが、山科本願寺の阿弥陀堂に木像本尊を安置されていたという歴史的事実の持つ意味は比較にならないほどの大きな意味があります。


なぜなら、山科本願寺とは蓮如上人が晩年を過ごされたところであり、親鸞会で言えば現在の本部会館に匹敵するものだからです。



本願寺には親鸞聖人や蓮如上人よりも、信心も教学も深い人がいられるとみえて、何かとこざかしい自分の思考を入れて、最も重要な御本尊のことまで親鸞聖人や蓮如上人のなされたようにしようとはしていませんが、これが親鸞聖人に還れと教える者の態度でありましょうか。


【高森顕徹著 こんなことが知りたい】


あなたは、なぜ蓮如上人が、「絵像より名号」と言われたのか、その理由が納得できねば実行しないぞというお気持ちかもしれませんが、そんな理由はどうでもよろしいではありませんか。なぜなら、私たち、親鸞会会員は、親鸞聖人や蓮如上人のお言葉は、すべて、如来の金言として頂いております。そして、身命を賭して教えに順ずる者です。

いちいち、親鸞聖人や蓮如上人のご教導に対して、その理由をききただし、自分が合点できなければ順わないという態度は、まことに愚かな、回り道でありましょう。


【同著】



親鸞会では自らの下付する名号本尊こそが、「正御本尊」であり、木像本尊や絵像本尊は「正しい真宗の本尊ではない」としています。しかし、もし親鸞会の主張が正しいのならば、蓮如上人のされたことは間違ったことになってしまいます。そして、親鸞会が何事も蓮如上人のなされたように行う団体であるならば、本部会館の御本尊もまた蓮如上人がなされたように「木像本尊」にすることを検討すべきでしょう。


すくなくとも、「親鸞聖人も蓮如上人も名号のみを本尊とされた」という自説は撤回しなければなりません。しかし高森会長はこの山科本願寺本尊の件には、未だ沈黙を守ったままです。本願寺に「責任のある回答を臨む」と再三にわたって要求するならば、自分もまた責任のある回答をするべきではないでしょうか。


私は決して、親鸞会の主張が間違っていると言っているのではありません。真宗の本尊は名号本尊とすべきだという同会の教義は、一つの教義解釈として充分に受け入れられるものです。


だた、例えば紅楳氏が親鸞会の質問に対して回答を出しても「満足の行く回答とは言えない」と再三再四回答を要求するならば、自らも同じ態度を持って応ずるべきです。そして、間違ったところは間違っていたとして、素直に訂正するくらいの度量はないのかと思うのです。



あなたのお近くのあるグループで、時折りそういう法論・論争をこととする方々のうわさを、私なども見聞しております。ひたむきで情熱的で向学心一途のお姿には打たれますし、時に鋭く、的を射た教団寺院の現況への歯に衣着せぬ批判論議は、一在家人として共感を覚えるのでありますが、ただ一点、我のみを是とし、他を非として、対立的攻撃的に論争し論破せずばやまじの、偏執的なあり方に、学的信仰的論議以前の、原人間の姿勢として、抵抗を覚えずにいられないのは、私一人の印象ではないのでないかと存じますが、あなたの場合にもその高姿勢を、私の如き一在家人ですら、ふっと感じるのです。これは念仏の基本的な実践の問題でございましょう。


その念仏の教えという、原一点に帰りますとき、答えの得られぬ不満を相手方に責める前に、答えを得られぬ自らの問い方を、まずもって静かに、綿密に、深く、脚下照顧すべきではないだろうかと、私がそうした立場に立たされました場合、自らに言い聞かせてまいりたいと思います。あなたはいかがでしょうか。


念仏の一道は、他を責め、他を言い負かして自らを主張し、自らが高らかに勝ち誇る路ではなく、他のあり様を機縁に、自らを深く見据えて、常に低く敗北していく道でないかと存じますがいかがでしょうか。


【親鸞会発行 法戦第5集 p88】



これはNHK『こころの時代』に親鸞会が質問状を出した際、同番組の司会者から寄せられた手紙の一部です。


同書には個人の私信を無断でコピーして他の人に送付したことが書かれてあったり、ある浄土宗僧侶が「親鸞聖人映画製作委員会」に出した私信が、本人に無断で掲載されていたりします。


前述の「歪曲問題」にしてもそうですが、自らの満足する回答でなければ回答とは認めず、自らが絶対に正しく他は邪であり、邪を破るには何をしてもいい、何を言ってもいい、という姿勢が、高森会長をはじめ親鸞会に染みついているのではないでしょうか。



いよいよ坊主どもも頭へきたか。

入院はどこの精神病院にされるのかなァ。

お気の毒に。


【親鸞会発行 顕正一口メモA】



高森会長や親鸞会が本願寺を語るとき、そこにはこれでもかといった罵詈雑言に満ちあふれます。本願寺頭脳の浅知恵。無責任本願寺。批判のための批判、読むだけ時間のムダ。手間のかかる、やんちゃぶり…


親鸞会発行の書籍や機関誌は、いまだに執拗な本願寺批判と、対照的な高森会長への賛美の言葉で溢れかえっています。こうした親鸞会の姿を見て、日蓮正宗系のとある新宗教団体を想起する人は少なくありません。


親鸞会の人から見れば、高森顕徹氏は親鸞、蓮如両聖人以来の善知識であり、親鸞会は唯一絶対の真実を説く幸せな団体なのでしょう。しかしこうして高森氏の著書を読み込んでみると、高森氏に宗教者としての誇りや、気高さ、余裕といったものを少しも感じる事が出来ないのです。


残念ながらこれは決して私一人の個人的な思いではなく、私の知る多くの人が抱く共通の感情です。


そして、そういう指導者を戴く団体が、人々に本当の幸せの道を説けるとは、私にはどうしても思えないのです。


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